“可愛いワガママ”  『抱きしめたくなる10のお題』
         
〜アドニスたちの庭にて より


初夏のような陽気になったかと思えば、
霜が降りるほどもの本格的な寒気がいきなり戻って来たり。
そんな具合に何だか変梃子だった春は、
そういえば今年の桜は早咲きだったんだろか遅かったんだろかという、
どうにも もやもやっとした戸惑いを残して、
そろそろ暇乞いをという態勢に入っているようで。

 「なかなかツツジが咲きそろわないんでピンと来ませんが。」

梅雨の前に、
もしかしてこのまま夏になるのじゃないかと思わせるような、
そんな初夏の気候になるのが常だったはずで。
制服のある学生にしてみりゃあ、
六月の衣替えを待たずして上着が本当に鬱陶しくなるものなのだが、
今年はそういう不平を言い出す間もなく、
その衣替えがすぐにもやって来そうな気配だったりし。

 「本来だったら、一番暇な頃合いのはずなんだがな。」

青葉祭のすっとんぱったんも収まって、
それぞれの運動部では、
高校総体や全国大会に向けての地方予選の準備に入る。
新入生たちも新しい学校に慣れつつあり、
それらの後押しをした格好の生徒会や執行部も、
骨折りご苦労様とばかりに、一休みを頂けるはず…なのだが。

 「久方ぶりにいいお天気となった週末だってのに、
  なんでまた、此処へ呼び出されにゃならんかな。」

しかも、頭目格にあたろう生徒会長様は、
来て早々、眠い眠いとテーブルに突っ伏しておいでで。
仕事が進まんようなら帰るぞと脅してやっと、
何とか頭を上げ、決裁書類へ向かい合うという爲體
(ていたらく)

 「よりにもよって、
  連休中に片付けてなきゃいけなかった書類が、
  たんと出て来たんですよね。」

本来だったら1年任期が基本なのが、会長以下、生徒会の主幹たちなのだが。
こちらの生徒会長以下3人プラスという面子に限っては、
彼らが一年生だった秋の選挙で見事に当選して以降、
昨年の秋の仕切り直しのシーズンにも対抗馬が現れなかったがため、
そのまま異例の続投が決まったほどの辣腕ぶりで。
後には“スーパー生徒会”なぞと呼ばれた、黄金の手腕を振るっておいで。

  とはいえ

いくら優秀でも生身の人間、
24時間365日のずっとを、緊迫した戦闘体制でいられるはずもなく。
主要な催しの前後以外は、極端に緩んで手がつけられない…という、
困った性癖がある会長様だったりし。
新入生歓迎の球技大会が無事に済み、
いきおいどっと緩んでいたその隙から零れでもしたものか。
提出日を過ぎてた届けが幾つが発覚。

 『そこからどこかへ回すという代物じゃあないんですけれどもね。』

…ではあるものの。
何日までに出しなさいよと大上段から指定した側が、
なのに、確認の精査をしていなくてどうするか。
検算やら照会の下見は我々がしておくとはいえ、
確認してない書類へサインもないでしょと。
ほれとっとと眸を通しなさいと、
尻を叩くためだけにお付き合いくださっている副会長の高見さんと、
そんなもんじゃあ効かなくなったら…という時の、
いわば“奥の手”として呼ばれていた蛭魔さんだったらしく。

 「ああ、何だかお腹が空いてきた。」
 「何 言ってるかな、まだ始めて10分と経っとらんぞ。」

おいおいと呆れた金髪の悪魔様のお隣では、

 「大方、ぎりぎりまで寝ていて、朝食を抜いて来たんじゃありませんか?」

今に始まったことじゃなしと、副会長さんが苦笑する。
学食はお休みですが、そうですね、
大学の生協で菓子パンかお弁当でも買って来ましょうかと持ちかければ。

 「う〜ん、何かそういうのは食べたくないなぁ。」
 「この期に及んでぜいたく言える立場かよ。」

少なくともその束の厚みがみかん箱ほどはあろう、
結構な量の書類を忌々しげに見やりつつ、
それへの添付資料の方は倍はあるぞと、
しょっぱそうなお顔になってた蛭魔だったが。
一括整理のためにとPCを立ちあげながら、ふと今頃 気がついたのが、

 「ところで、進はどうしたよ。」

高見が文化部部長なら、
あの、いかにもな剣道部の猛者殿は、
書記とそれから運動部の連絡員も兼ねている。
武骨に見えて、だが、
こういう書類整理もなかなか手慣れた様子でこなす彼だが、
今日はそっちの引き合いでもあって姿が見えんのかと訊いた、
その声が消え切らぬうち、

 「遅くなりましたっ。」

外のお廊下をぱたぱた駆けて来た足音が、
それと気づくと同時という軽やかさで、緑陰館二階の執務室へと駆け込んで来た。
まとまりの悪い髪を、だがふわふわと躍らせている童顔は、
彼らにも重々お馴染みな、

 「セナちびじゃねぇか。」

どした? お前にまで招集がかかったんか?と蛭魔が怪訝そうに訊けば、
あ〜そうやって何でも僕のせいにする、と、桜庭が拗ねたのもいつもの流れ。
そんな応酬が右から左へと交わされたのを聞いてから、

 「いえあの、進さんへお電話掛けたら、学校に行くと仰せだったんで。」

むしろ彼への連絡は全くされずで、
だがそれは、今更セナくんを仲間外れにした訳じゃあない。
本来の執務だ会合だっていう繁雑なお仕事へだって、
本当だったら付き合う必要はないってのに、
少しでも力になれればとお手伝いしてくれる律義な子。
こんな休みの日にという集まり、
しかも誰かさんが怠けたゆえのしわ寄せへまで呼んでは気の毒だろからと。
高見が言い出すまでもなく、後の面子も承服した段取りだったのだけれども。

 “そっか、進も休ませにゃあ意味がねぇんだ。”
 “そうみたいですね。”

これは迂闊だったなぁと高見さんが苦笑をし、
こんのバカップルがと蛭魔さんが呆れた目の先では、

 「……小早川。」
 「あ、すみません。」

掛けられたお声にハッとして、
先へどんどん進んでしまってと恐縮しつつ、戸口へ掛け戻った小さい弟くんへ。
提げて来たバスケットを差し出しながら、
いやそれは構わぬがと。
ほんのほんのかすかながら、口許ほころばせた進だったのへ、

 “うあぁ、見た見た? 今の。”
 “ええ。何とも目出度いvv”

何それ? 高見くん。
珍しいものを見ると寿命が延びるといいますが。
うわ、それじゃあ僕らってば、
この1年で随分と寿命を延ばしたことになるね…なんて。
どこまで本気の真剣か、
しょむないことを目線だけで語り合ってた“生え抜き組”二人はともかく、

 「…ん? 何かいい匂いがしねぇか?」

風下だったこともあり、ふわりと届いた香りがあったと、
蛭魔が見やった先にいたセナくん。
あややと小さな肩をすくめると、
進から渡されたばかりのバスケットを、
執務用の楕円の大テーブルの空いたところへ とんと置き、

 「こういうお集まりと訊いて、あのあの、大急ぎで作りました。」

中から取り出したのは、大きめのバンダナに包んだ何か。
結び目を解いて現れいでたは、
ドリアやココットなんていう、オーブン料理に使えそうな、
少し厚手の深みのある平皿で。
結構径の大きいその皿には、適度に焼き目の入ったところも美味しそうな、

 「春キャベツとジャガ芋のキッシュです。」
 「おお、そりゃまたvv」

今時はキャベツも甘くて美味しいんだよね、
ジャガ芋と卵との相性もいいし…と。
手元に持ち上げてた書類、早々と置いてしまった会長さんの現金さよ。

 「会長。」
 「…さくらばか。」
 「良いじゃないか、冷め過ぎては勿体ないしvv」

放って置いたら自分で立ってって、
食器なりフォークなりと揃え出しそうなムードだったので。
さすがにそこまでやらせてもと、苦笑を深めつつも高見さんが立ち上がり、
そういったお道具を収めている棚へと向かえば、

 「…それにしてもマメな奴だよな。」

こういう差し入れ、時々持ち込む後輩さんなの、蛭魔があらためて指摘する。
いくら今時は男子も家庭科を学ぶとはいえ、
そして、細かいことへ気の回るセナだとはいえ。
そういうことと、こういうものが得意だということとは別物なはずで。

 「こないだのカップケーキも、シナモンが利いてて美味かったしよ。」
 「ありがとうございますvv」

書類や小物を持たせて運ばせると、
何度かに一度は あわわとつまづきかけるドジっ子さんが。
だってのに、料理なんていう手間暇かかって勘も要るもの、
しかもこんなに美味しそうな逸品を、どうぞと供せる子だったとはと。
高見さんから渡された小ぶりのナイフで、
菜の花色のキッシュを扇形に切り分け始めてる手元を見つつ、
あらためての感心を覚えたらしき、生徒会の“隠し球的”悪魔様だったが、

 「……。///////」
 「…………。」

えへへぇと微笑ったセナが、ちらりと進を見やったの、
ああまた惚気半分に見つめ合いおってと思ったなら、
それだと、実は半分しか正解じゃあなかったりするのだ、蛭魔先輩。

 『…ドーナツくらいなら作れると思ったのですが。』

ホットケーキミックスを練って、油で揚げれば良いだけだと思ったのが結構大変で、
真っ黒な、しかも中は生焼けのミディアムレアだった…というのが処女作で。
自宅へご招待したお兄様へ、何か手作りのものを出したいなと始まった悪戦苦闘、
実は実は形になるまで半年はかかっているという、内緒の歴史つきだったりし。
お裁縫だって実はあんまり得意じゃなかった、
むしろ進さんの方が、二度と千切れぬボタンつけとかこなせるお人だったので。
背丈や力で敵わないその上に、
細やかなお仕事でも後れを取るのは情けなさ過ぎるとの一念発起。
真夏の暑い時期を挟んでの秋口には、
お弁当だのお菓子だの、
何とか作って差し上げることが出来るよになれたという順番だったらしくって。

 「あ・ホントだ、キャベツの甘みが絶妙で美味しいvv」
 「ケチャップつけても美味しいんですよ?」
 「卵とトマトの相性は最高だものねぇvv」

取り分けられた美味しい差し入れの効能か、
微妙に駄々を捏ねかけていた会長様も、機嫌が直ったようであり。
本当は、これをお出しして進さんをびっくりさせてやろうなんて、
構えていたセナくんだったことをまで。
何とはなく勘づいてたお兄様だったけれど、
それを語るお口へは ただ黙々とフォークを運ぶだけ。
指先を包丁でちみちみと切っては泣いてたことも、
針仕事でやっぱり以下同文だったのも、
他のお仲間たちへ黙って来続けてるお兄様なのは、

 “優しいんだ、進さんてvv”

恥をかかせちゃあ可哀想だから、
さんざん失敗して来た末の成果だってこと内緒にしてくださってと、
ほこほこ惚れ直している弟くんだったりするらしかったが。

  ―― なんのなんの、実を言えば。

可愛いセナくんの可愛い秘密だもの。
二人しか知らないナイショのあれこれ、
どうして他のお人へも教える義理がありましょかと。
こちらさんはこちらさんで、
立派に我欲から黙ってるだけなのかも知れません。
まだまだ十代伸び盛り、
判りにくい我儘だって、いっぱいぱい抱えている彼らなのかもと、
窓辺に木洩れ陽揺らしつつ、ポプラがさわさわ苦笑した、
とある皐月のお昼前だったらしいです。



  〜Fine〜 10.05.19.


  *このごろでは お料理が出来ることも、
   かっこいい男性のステータスとして数えられるようになりましたので。
   むしろドジ子なセナくんは不得手だったら可愛いかな、とか、
   逆に、進さんは案外と上手だったんじゃあなかろうかとかvv
   あくまでもカロリーバランスとかに即してのもので、
   味付けまでは知りませんが……ねえ?リュウ様vv
(苦笑)

   ちなみに、裁縫用の針は結構頑丈ですが、
   それでもあの進さんだと曲げかねないなと、
   思わんではなかったです。
(笑)
   ただ、ミシンに比すれば機械仕掛けなところはないので、
   となれば、いきおい正確無比に扱えたりしてな…と思いまして。


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